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壱岐の風景      曽良翁300年忌記念誌Web版

 

 

 

あとがきに寄せて           目次へ


             実行委員会記念誌部 石井 敏夫
                       松崎 靖男



 曾良翁が、宝永七年(一七一○)五月二十二日勝本浦中藤家で生
涯を閉じて、今年が三百年忌祭にあたり、平成十六年壱岐御柱祭り
の仲茂実行委員長の意思を継いで、その式典発起が有志により「曾
良翁三百年忌記念行事実行委員会」が、平成二十一年三月九日に組
織され発足した。
 
 組織は、文化協会、商工会青年部、婦人部を主体に三十二名で構
成され、事業の推進については、前回二百八十年忌式典体験者の鬼
塚芳寿氏の指導で計画がスムースに進行し、本部役員、各部長によ
る役員会も幾度となく開催され、実行委員会の努力は続けられた。
 
 平成二十一年五月二十二日、前日まで大雨風で心配されたが、当
日は昼からは晴天となり絶好の「野点」日和となった。聞くところ
によると、毎年「曾良翁」の命日供養日には、何故か雨は降らない
と言うジンクスが残っていると言われている。
 
 島外からは諏訪市副市長、副議長さん一行四名、島外俳句関係者
数十名の参会者を始め、島内の来賓、島内俳句会、並びに一般参会
者の出席を得て、午前九時より勝本文化センターで、下條博事務局
長の司会で追悼法要が開始された。
 
 供花薫祭壇の中央には、品川哲範武生水中学校長の「曾良翁大肖
像」画が設置され、両サイドには、福田敏総務部長の俳句入選作品、
二十三点が舞台狭しと大書吊るされ、会場の雰囲気を盛り上げてい
る。
 
 追悼式典は、藤嶋光信副会長の祭文、裏千家「和会」代表平畑宗
幸さんによる献茶の後、能満寺坂口住職主座八人の僧侶による歎仏
供養が勤修された。献花の後、諏訪市副市長、白川博一壱岐市長の
追悼の言葉についで、壱岐「わかば句会」の柳沢幸子さんより追悼
句朗詠があり、石井敏夫記念誌部長の閉式のことばで法要を閉じた。
 
 次に十時四十分より、勝本町内小中学校生約二百余名と島内受賞
者が入場して、記念式が開催され、山口宏司会長挨拶、壱岐市長、
諏訪副市長挨拶の後、永年に亘り曾良翁を祀ってこられた中藤家代
表に感謝状の贈呈が行なわれた。
 
 その後、俳句大会募集句二五六人の九七五句、壱岐島内の小中学
生句約一五○○人の句より、受賞者発表並びに表彰が一般の部、
小学生の部、中学生の部と行なわれ、郷ノ浦町の琴岡弘子さんよ
り、児童、生徒作品の選評があり、末永健次副会長の閉式のこと
ばで十二時に終了する。
 
 会場のセンター内ホールでは、石井敏夫記念誌部長の曾良翁関係
写真、壱岐島話題写真等三十点が展示され、併行して壱岐、諏訪の
観光物産展も大幸物産により即売れた。
 
 昼食後は、各々のグループで、城山公園で商工会女性接待部の「野
点」に参加され好評を得て、曾良翁墓地への参拝が行なわれた。
 
 午後一時からは、野田隆也俳句部長の司会で、記念俳句大会の各
地代表選者十二名が登壇され、参加投句者七十名の一九六句が厳選
され、入賞者には壱岐特産の焼酎等が贈られ三時過ぎに終了した。
 
 今日まで、細かな集いの中で「曾良翁」を慰め、崇め、そして「曾
良翁」を偲びながら俳諧にいそしみ、顕彰しつづけられた先人の心
豊かさに衷心より敬意を表すると共に「勝本の曾良さん」が「壱岐
の曾良さん」として、こよなく愛され、崇められていくことを祈念
して止みません。
 
 この事業には壱岐市を始め、賛同者有志多くの方々より御賛助を
いただきました。
特に、今回の事業の大きな目的の一つに、壱岐の文化遺産を「永く
後世に伝える」という役目がありました。壱岐市内全小中学校の俳
句参加、また商工会青年部、女性部の積極的な御協力を頂きました。
感謝とともに厚くお礼申し上げます。
これ等の若い力は必ずや将来に亘って、壱岐島発展の大きな原動
力となるものと確信いたしております。
 
 この記念誌発刊をもって、「曾良翁三百年忌記念実行委員会」を解
散することになります。
末筆ながら、今回多くの方々の御力添えに、重ねて深い感謝の誠を
捧げ、益々の御多幸と御発展を祈念いたしまして、この稿の筆を擱
かせていただきます。

  
     
              







   
















































































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