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壱岐の風景      曽良翁300年忌記念誌Web版

 

 

 


  来賓祝辞             目次へ


                   諏訪市長 山田勝文


 本日ここに曽良翁三百年忌記念式が盛大に挙行されるにあたり、
河合曽良出生(しゅっしょう)の地である諏訪市民を代表して、一言御
礼のごあいさつを申し上げます。
 
 最初に、この記念事業を企画し準備されました山口実行委員長さ
んはじめ、実行委員会の皆さん、また白川壱岐市長さん、更には壱
岐市民の皆さん方のご熱意とご努力に深甚なる敬意を表したいと存
じます。
 
 また、今回の記念事業に、私をはじめ諏訪市の議会をお招きいた
だき、壱岐市の皆さんと親しく交流する機会を得ましたことは誠に
ご同慶の至りであり衷心より厚く御礼申し上げます。
 
 曽良翁追善三百年忌記念事業のご盛会は、翁没後変わることなく
翁を顕彰し、その遺徳を偲び(しのび)続けた壱岐勝本の先(せん)(だつ)
をはじめとする関係者の皆さんの今日までのご尽力の賜であろうと
存じます。同時に玄海灘に浮かぶ壱岐の島と山国信州を結んだ漂泊
(ひょうはく)の旅人曽良翁の軌跡に不思議な縁(えにし)と感動を覚える
ものであります。
 
 ご承知のとおり曽良翁は今を去る三百六十年前、私どもの諏訪市
で生まれたのでありますが、長じて江戸で芭蕉の門下に入り、俳諧
の道を極めました。そして、三百年前、江戸幕府の巡見使として壱
岐の島に渡り、御地(おんち)で六十二歳の生涯を閉じたのでありま
す。誠に奇縁と申すほかなく曽良翁のご遣徳に改めて思いを致す次
第であります。
 
 さて、南海に浮かぶ壱岐の島の能満寺に眠る曽良の墓前では、毎
年壱岐市の皆さんにより曽良忌が営まれ供養と句会が催されて、翁
の冥福が祈られています。また、「曽良さん」と親しまれ、今もな
お壱岐市の皆さんの胸の中に生き続けているとお聞きしております。
それは往時(おうじ)、壱岐勝本で旅に病んだ曽良翁を労り、育んだ
地元の人々の心の優しさと人情味あふれる町民気質(かたぎ)が、縷々
(るる)として継承され、生き続けている所以(ゆえん)であろうと存じ
ます。曽良出身の地、諏訪の住民として感激に堪えず、改めて敬意
と謝意を表す次第であります。
 
 諏訪市におきましても曽良翁没後、数々の追悼行事を行っており
ますが、菩提寺の正願寺では、毎年曽良の忌である「さみだれ忌」
が営まれ、諏訪市俳句連盟による句会が催されています。また、今
年は曽良翁三百年忌を記念し、生い立ちから終焉までをまとめた冊
子の作成、諏訪市博物館における特別展の開催、NHK学園と共催
し「河合曽良三百回忌諏訪市俳句大会」の開催などに取り組んでい
るところであります。曽良翁は壱岐市の皆さんと同じく、諏訪の市
民にとっても忘れることのできない文人であり、今もなお語り継が
れ胸のうちに生き続けております。その意味で、曽良翁を未来永劫
にわたって追善することは私どもの使令であります。
 
 今から二十年前の平成元年、曽良翁二百八十回忌にお招きいただ
いたことを契機に、諏訪市と旧勝本町との友好と親善が深まり、平
成六年、友好都市の締結をいたしました。その後、平成十六年の合
併により壱岐市となったことを受け、平成十七年に新たに姉妹都市
を締結し、行攻、議会はもとより、商工会等民間レベルでの交流も
進んでおります。曽良翁終焉の地である壱岐市と、出生の地である
諏訪市が、曽良翁の追善を契機として結んだ絆が、今後もより一層
深まり、市民各層に広がっていくことを心から念願いたす次第であ
ります。
 
 終りに曽良翁のご遣徳に改めて思いを致しながら、壱岐市の益々
のご発展と壱岐市民の皆さんのご健勝とご多幸を心からお祈り申し
上げまして、御礼と諏訪市民を代表してのごあいさっといたします。
 
 また、今回の記念事業の実施にあたり、関係各位におかれまして
は、大変なご配慮、ご尽力をいただきました。ここに、厚くお礼を
申し上げまして、ご挨拶とさせて頂きます。


  
     
              







   
















































































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